ロンドン留学日記→帰国後はイギリスかぶれ英語教師の日記


by londondays
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ついに元アウシュビッツ強制収容所(国立オヒシフィエンチム博物館)へ。

入ってすぐ左側に、元死体安置所兼焼却炉で、後々ガス室としても使われた建物が。
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しっかりとしたレンガの建物で、中の2つの小さな焼却炉からは目が離せず、しばし放心。
アウシュビッツでは基本的に「放心」していた気がします。

いきなり見学をスタートしてしまった私たちでしたが、ガイド付の団体がわんさか建物に入ってきたので、とりあえずはパンフレット等々を探しに入り口正面の建物へ。日本語のパンフレットもありました。この建物の中にはカフェがあったりもしました。

私は日本語のパンフレットを買い、本格的に見学開始。
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「働けば自由になる」と書かれた収容所の入り口。
そして、この門の脇から、有刺鉄線の囲いがぐるりと周りを囲んでいます。
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ここの収容所の建物は全てレンガ造りでしっかりとしていました。いくつかの建物の内部に当時の様子や、収容された人の写真などが展示されていました。写真には収容された日にちと亡くなった日にちが記されていました。どんなに若くて健康そうな人でも、よく日にちを比べてみると、1ヶ月や2ヶ月だったりして。この収容所の目的が収容ではなく、殺害だったことが良くわかります。
寝る場所は、腐った藁の上や、レンガの区切りがされた場所。まるで家畜同然の扱いです。
ショックだったのは、人間の髪の毛の山。ナチスが人毛を「再利用」していたのは知っていたけど、さすがに実際大量の人毛と人の髪の毛で織られた織物を見たときはショックでした。三つ編みしたままの髪の毛も結構あって・・・。
そして、毎日多くの人が処刑された「死の壁」。
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あまり人がいなかったのもあって、一人で壁に向かって歩くとき、なんだか緊張しました。
静寂の中に、砂砂利を踏みしめる音。
この壁は建物と建物の間にあって、周りから見えなくなっています。
この右側の建物には地下牢があって、収容された人が壁に書いた聖マリアの絵があったりしました。地下牢は、暗くてすごく怖かったです。足がすくんで、一人で見るのは無理だと思いました。

上の階ではレジスタンスの活動が展示されていて、収容された人たちが収容所内で組織を作って活動していたのを初めて知りました。密かに情報誌も発行していたそうです。脱走も何度か成功したようですが、脱走を助けたとして収容者が殺害されていたそうです。
ドイツ兵の拷問の仕方も、爪の間を針で突き刺すとか、鼻から水を注ぐとか、かなり手の込んだ拷問が数多くあり、本当に狂気の沙汰だと思いました。

予想していたよりも時間がかかり、ビルケナウ(第2収容所)に向かうべく急いでバス停に行ってみるも、最終バスはとっくに行った後でした。ビルケナウはアウシュビッツ第一収容所より大規模で、より劣悪な木造バラックが立ち並ぶ収容所です。多くの人が想像する「アウシュビッツ」はこちらの方で、私もこの収容所は絶対行きたいと思っていたのですが、残念ながら行くことができませんでした。ビルケナウは解放前にドイツ軍がほとんど破壊したので、あまり建物も残っていないそうですが。列車で門をくぐるのは、ビルケナウの方です。

帰りもバスに乗って、駅へ。クラコフに列車で戻りました。
博物館ではほとんど話さなかった私たち。列車の中で、お互いの感想を話したりしました。
そこで、マカオ人の友達が日本への感情についても話してくれました。
基本的に、アジアの友達達は私たち日本人の前で戦争や、教科書問題・靖国問題等々についての話は避けています。ちょっと話が出そうになっても、「その話はやめよう」と話を中断する場合が多くあります。
彼女は、幼いころは日本が嫌いだったけど、だんだん日本がそれだけの国じゃないってわかってきたそうです。しかし、教科書で戦時中日本がしたことを教えないのはおかしいし、首相が毎年靖国神社に参拝しなくてはならない理由がわからない、と言っていました。ひとつ気がついたのは、彼女は靖国神社について宗教的な背景は知らず、戦犯を祭った場所とだけ認識していたことです。宗教的な背景を理解したところで、やはり参拝の理由はわかりかねると思いますが・・・。彼女は、「戦争で、日本が、日本兵が、どうしてそこまで残虐になれたのかわからなかったけど、アウシュビッツを見たら、これは戦争の『狂気』なんだって気がした」と言っていました。私も、日本が戦時中に行ったことは「狂気」で片付けられる問題ではないけれど、戦争は人を狂気に陥れることができるんだと思いました。アウシュビッツで囚人を虐待したり、処刑したドイツ兵だって、元は普通の人だったんだろうと思う。でも戦争中の「狂気」の中で、何も感じなくなってしまったんじゃないでしょうか。当時のドイツ兵や日本兵が異常だったんじゃない。誰でも、いつの時代でもこうなってしまう危険性はあるんだと思う。最近でもイラクでアメリカ兵・イギリス兵が囚人を虐待していたように。マイケル・ムーアの『華氏911』で、アフガニスタンに派遣されたアメリカ兵のインタヴューを思いだしました。
「まず自分を、自分の一部を殺さない限り、他人を殺すことなんてできません。」

私達は途中で電車を乗り換え、たまにウトウトしながら、クラコフに戻ったのでした。

続く。
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by londondays | 2005-04-30 07:36 | 博物館
ポーランド3日目は、ワルシャワを出てクラコフへ。

朝早くの列車だったのですが、もに子は「ちょっとだけでも食べたほうがいいよ」って朝食を用意してくれました。あんた、本当に良い子だねぇ・・・(涙)
そんなもに子に、ハグして駅のプラット・ホームでバイバイしました。

3時間弱でクラコフに到着。ここからアウシュビッツへ向かうべく列車の時間を調べて、チケットを取りました。駅では英語が通じず、「アウシュビッツ、アウシュビッツ、3人、往復」と単語のみの英語と身振り手振りでチケットを買いました。後ろから来た別の旅行者は「前の人と同じ」で買ってました(笑)
ここではなぜか学割が効かず。「学割は国内の学生だけだよ!」って半ギレされました。

列車まで時間があったので、マック(=トイレ)に行くことに。
駅のトイレは有料で、「1ポーランドマネーか1ユーロ(価値が全然違う)」を要求されたので・・・。
クラコフ駅ではアウシュビッツまでタクシーで行ってやる、というオヤジがしつこくて嫌でした。
「いや、列車のチケットもう買ったから」って言ってもしつこく説得しようとする。「日本人か?」と聞かれたので頷くと、「この人はいい人だから信用しても大丈夫」と日本語で書かれたメモ(プラスチック加工済み)を見せられました。よけい怪しいっちゅーに。
マックを探して駅前をさまよっているっている時も同じ手のタクシー運転手が声をかけてきたので、「いらん!」と断った上でマックはどこにあるか聞きました。何気に親切に場所を教えてくれました。
マックでは、「トイレ使うにはレシート必要」とあったので、チーズバーガーを購入。「チーズ」の部分のポーランド語が発音できない恐れがあったので、紙に書いて、「コレ下さい」作戦を3人でやったら笑われました。
トイレではジェスチャーを間違え、後から来た子どもの集団にトイレを独占される羽目に。

そして、列車でアウシュビッツのあったオヒシフィエンチムへ。クラコフから2時間弱。
何のアナウンスもない列車のなか、調べておいた到着時刻になったので、「ここか?」と全ての駅で反応するも、なかなか到着せず。隣に座っていたおじさんに「まだだってーの」と何度も言われました。結局到着予定時刻から30分くらい遅れて到着。
オヒシフィエンチムの駅は、線路は多いものの駅自体は小さく、なんだか閑散とした駅でした。
ここからバスに乗って、元アウシュビッツ強制収容所へ。
親切な地元の女の子が、バス降り場から収容所の入り口まで案内してくれました。

そしてついに元アウシュビッツ強制収容所(国立オヒシフィエンチム博物館)へ・・・

続く。
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by londondays | 2005-04-30 05:18 | ヨーロッパ旅行

先学期の成績。

秋学期の、あの苦しんだエッセイの成績が出ました。
・・・なんとか落とさずに済みました。ホッ・・・

何度も落とす夢を見ては夜中に起き上がっていた私。(実話)
まぢで危なかった。
同級生たちはみんな、一様に疲れた顔をしていました。
もちろん意気揚々としている人もいますが。

とりあえず、単位は落としませんでした。これ重要。
今取りかかっているエッセイでは、前回のように崖っぷちにならないようにがんばりたいです。
ええ・・・
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by londondays | 2005-04-30 04:31 | 大学

ワルシャワ2日目。

2日目はゆっくり起きて、もに子が用意してくれた朝食を食べてから外出。

まずはもに子に頼んで、ワルシャワ―クラコフ間の電車と、クラコフ―ブダペスト間の夜行列車のチケットを取ってもらうことに。ワルシャワ―クラコフの国内列車は何の問題もなく取れましたが、ブダペスト行きの国際線ではパスポートの提示が必要でした。なのに、もに子の部屋にパスポートを置きっぱなしだった私たち。一度もに子の部屋に戻ることに。

地下鉄を使って戻ろうと、プラットホームに降り立った私たち。そこに、チケット検査のオヤジが!
このオヤジがかなりの曲者でした。
ワルシャワの地下鉄では自動改札があり、チケットを通さなければ入場することができません。
なので、こんなイノセントな女の子たちを捕まえて何をチェックするのか不思議でした。
空港の売店で3日間有効の共通チケットを買った私たちでしたが、その際に学割を使いました。オヤジはそこを突いて、私たちに学生証を見せろと。私は国際学生証を携帯していたので問題なかったようですが、友達の一人がイギリスの学生証を提示したところ、これは無効だと突っぱねられました。確かに国際学生証ではないですが、英語表記だし、経験としてほとんどの国でイギリスの学生証は有効でした。私も実際国際学生証が必要だったケースは今までなかったくらいです。実際、売店で買うときに友達はイギリスの学生証を提示し、有効と判断されたのです。と、いうことをもに子が必死に説得にあたるも、かなり難航。オヤジは2人がかりでもに子にまくし立て、もに子の顔がどんどん真っ赤に・・・。罰金を払えとしつこく言われたそうですが、何とか今回は罰金を払わずに済みました。が、新しくチケットを買え、と駅から追い出されてしまいました。
もに子曰く、いろいろチケットに難癖をつけて、自分のポケット・マネーにしちゃうチケット検査人(?)が結構いるらしいです。しかし、もに子がいなくてポーランド語でまくし立てられていたらと思うと、非常に怖かったです。

結局、地下鉄は諦めてトラムでもに子の部屋へ戻り、パスポートを持って駅へ。夜行列車にも学割が効いて、予想よりも安く上がりました。フランスでもそうでしたが、学割を有効にするには25歳以下でなくてはならず、私達はみんな25歳以下でラッキーでした。

そんなこんなでチケット取るのに時間がかかったため、予定していたショッピングはほとんどできないまま、前日一緒に飲んだもに子の友達のネイティブ・ワルシャワ人(もに子は地方出身)が旧市街地を本格的に案内してくれました。

まずは、戦争で亡くなった無名の兵士を追悼する記念碑。
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この記念碑自体が、戦争で破壊された建物の一部みたいです。(他は全部崩壊)
常時2人の衛兵がこの記念碑を守っています。丁度別の衛兵が来たところで、案内してくれたもに子の友達は「真剣そうな顔してるけどね、シェマ?(What's up?)って挨拶してるんだよ~(ウソ)」って言ってました。衛兵は私達がじろじろ見たせいか、正面見ながら吹き出して笑ってました。おいおい・・・。ちょっと恥ずかしかったのね、きっと・・・。
この記念碑の前が広場になっていて、前法王のヨハネ・パウロ2世が亡くなった時に集会があったそうで、もに子も行ったそうです。ヨハネ・パウロ2世はクラコフ近辺出身のポーランド人。いろんなところでポーランド人が前法王の死を悼んでいることが感じられました。

そして、旧市街地へ。
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戦時中にほぼ完全に破壊された旧市街地。ワルシャワにほとんど古い町並みが残っていないのは、来てすぐに気がつきました。いや、むしろこの再建された旧市街地くらいしか古い町並みを見ることはできないでしょう。ワルシャワ蜂起が失敗に終わったあと、ワルシャワの95%がナチスドイツ軍に破壊されたと言います。
しかし・・・旧市街地の建物は、本当に古く見えて驚きでした。実際は50年くらいしか経っていない建物なのにです。えっ、あの屋根、傾いてるけど??っていう。完全に再現しちゃうポーランド人に感服。こういう抵抗の仕方もあるんですね。
もともと旧市街地は城壁に囲まれた城下町の一角らしく、城壁も少し残っていました。城壁の一部に看板があり、何かと思えば「ここで数百人のポーランド人が射殺されました」と書かれていたみたいです。この城壁、イギリスの「Imperial War Museum」の戦場体験コーナーと同じ匂いがしました・・・。きっと、火薬の匂いが染み込んでしまっているんでしょう。

そして、その城壁の前にある、戦時下の幼い兵士を象徴する像。
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「これはさすがに誇張したものだと思うけど、幼い子どもも戦ったんだよ」らしいです。

その後、もに子の友達と分かれてお土産品を見ていた時、携帯で話していた女の人がいきなりポーランド語で何か叫びました。「新法王はドイツ人だって!!」
丁度新法王が発表されたところだったんですね。しかし、みんな一様に複雑な表情。
「ね、わかるでしょ。まだ私達はドイツ人に対して複雑な感情を抱いてるんだよ。新しい法王が決まったことは嬉しいことだし、新法王は前法王と親しかったから、ポーランド人は祝福すると思うよ。まあ、どうせヨハネ・パウロ2世ほど立派な法王はもういないだろうから。」とちょっと自慢げにもに子は話してくれました。

そして帰りにウォッカとソーセージを買い込み、もに子の部屋へ帰宅。
もに子が焼いてくれたソーセージは激ウマ!!
ウォッカもちゃんと小さいショットで乾杯。そして一気に飲み干す。喉がヒリヒリしちゃったらどうしよう~と不安でしたが、なかなか美味しかったです。アルコール度数は40%。お腹がポカポカして、気持ちよい♪結局中ボトル1本開けました。酒に弱いマカオ人の友達は途中で首まで真っ赤になったので、私がドクター・ストップ(?)をかけました。「I am swimming~ I can't see an island~」と訳のわからないことを言い出した彼女。本当にこれはマズいと思いました。無事で良かった。
そしてこの日はみんな泥のように眠りに着いたのでした。

続く。
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by londondays | 2005-04-29 06:54 | ヨーロッパ旅行

ワルシャワ1日目。

もに子のアパートに荷物を置いて、ワルシャワ観光に出発!
のはずが、もに子のアパートのあまりの居心地よさに、しばしまったり。

レトロなバスに乗って、大統領の職場(?)をちょっと見ました。なんてことはない白い建物でしたが、一応「職場」だから、写真を撮ったりすると警備員に怒られるらしいです。なにやらいっぱいポーランドの「機密」があるらしい。しかし、ポーランドでは大統領はお飾り程度の役割で、主に権限を持っているのは首相の方らしいです。

そして、その近くの公園へ。この公園、すごくでかかったです。公園というよりは、森?
入るとすぐに、でっかいショパンの彫像がデーン!!とありました。ショパンは、ワルシャワ近辺出身らしいです。孔雀は放し飼いだし、リスはフレンドリーだしで、なかなか素敵な公園でした。

ここでワルシャワ初のアイスクリームを堪能。
ジェラートを2つ盛ってもらって、100円ちょとくらい。安っ!!
ロンドンだったら3倍はしますね。ええ。

そして、バスでまた移動。旧市街地付近をウロウロし、ワルシャワ大学をのぞいてみたり、レストランでロシア風ピエロギや、ポーランド料理のスープ(ちょっとすっぱい芋スープ?)やキャベツの炒め物みたいなものを食べました。
もに子曰く、「ポーランドの冬は長くて寒いからね、カロリーの高い、脂っこい食べ物が多いんだよ。じゃがいもとか肉とか、肉とかじゃがいもとか(笑)」
ここで初・ポーランドビール「Lech」にも挑戦。うーん、イギリスの「Carling」(安ビール)と似た感じでしたね。軽い・・・薄い?
ビールは大したことなかったですが、スープと炒め物は美味しかったです☆

そして、もに子の友達が待つパブ「海賊の穴ぐら」へ移動。
軽く迷いました。だって、周りに何もないんだもん・・・。
しかも、外から見るとただの「小屋」。もに子と一緒じゃなければ絶対入らなかったですね(笑)。
しかし、中に入ると、気分はカリブの海賊!!なかなか良い雰囲気でした。
もに子の友達は「キャッキャッ日本の友達!!」みたいな感じではしゃいでました。
日本人、まだ珍しかったみたいです。
もに子の友達は7・8人いて、もに子の実際の友達はその中の2人だけだったらしいです。
他は、友達の友達。友が友を呼んだらしい。
日本語を学んでいる友達がいるらしく、日本語のスラングをやたら聞かれました。そしてポーランド語のスラングも教えてもらいましたが・・・。なにせ発音が難しい!!
あの・・・母音、ないんですか?っていう。子音ばっかりでしたよ。
ひとつ、覚えられたのは「シェマ?」=「What's up?」。
そして「Let's get drunk!」のジェスチャー。
このジェスチャーはかなりのお気に入りになりました。自分の首を片手でチョップする仕草なんですが、次の日の日中もに子の前でやったら「ダメ、やっちゃ!」って言われたので、あまり良いジェスチャーじゃないようです。男の子しかやらないのかな?
もに子の友達は、「ポーランドどう思う?」とか、「日本人ってポーランドのことどう思ってるのかな?」とか、真剣に聞いてきました。
途中でなぜかパブのセキュリティー(?)のでっかいおじさんが参加。やたら話まくっていきました。おじさん、仕事しなくていいんですか?(ウザい)と思ったものの、まぁ嫌な感じの人じゃなかったです。
疲れのせいでかなり酔っ払った私達は途中で失礼し、もに子のアパートへ帰ったのでした。

続く。
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by londondays | 2005-04-27 21:45 | ヨーロッパ旅行

赤ちゃん

台湾人のお友達に赤ちゃんが生まれました!
さっそく愛娘の写真をメールで送ってきた彼。相当嬉しいんだろうなぁ・・・
赤ちゃんの写真を見たら、なんだか私まで嬉しくなってしまいました。

しかし、家族を抱えて異国で勉強するのって大変だろうなと思う。
それでも家族引き連れてこっちに来たり、家族は国においてこちらで何年も勉強しているひとが結構いてびっくり。すごいなぁ。
写真を送ってくれた友達も、もうすぐこっちに戻ってこなくてはなりません。
離れるの、辛そう・・・。

そして韓国人の友達は妊娠中。
こっちで産むのか、国に帰るのかはわからないけど、おめでたい♪

ちょっとした赤ちゃんラッシュ。
人生いろいろですね。
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by londondays | 2005-04-27 20:48 | ロンドンの日々

ワルシャワまで。

今回の旅では、Ryanairと並ぶeasyJetという格安航空会社を初めて使いました。
基本的に、Ryanairとなんら変わりなかったです。
チケットレスで、予約時の記号をカウンターで伝え、身分証明書を見せるだけ。

そして今回は初、Luton Airportを利用。
St. Pancras駅から電車一本で行けて、Stansted空港よりも楽でした。
3人で電車を乗ると割引が効くらしく、片道7ポンド。40分程度の旅でした。
夜遅くの電車だったので、カウンターが閉まっており、電車の中でチケットを買いました。
駅についたら、無料シャトル・バスで空港へ。

早朝の便だったので、前日夜に出発した私たち(3人)。
日本人2人+マカオ人です。
午後11時ころに空港に着いてしまい、本当にやることがなかった・・・。
空港は小さくて座る場所も十分に無く、しかも私たちと同じコトを考えてあちこちで寝てる人が。
ちょっと異様な光景でした。みんな寝袋持参してるし・・・。
結局カフェの椅子に座って5時間ほど、たまにウトウトしながら時間をつぶしました。
ねぼけながらトイレに行った帰り、床が動いてギョッとしたら、寝ている人が寝返り打っただけだったりして・・・。
後半は、トラの皮みたいなタオルを巻きつけて寝ている人をネタにして笑ってました。
本当はちょっとでも眠りたかったけど、20分おきくらいに大音量で空港のアナウンスがあり・・・。
うるさかった・・・。ちょっと洗脳みたいでした。

カウンターが開くちょっと前に、マカオの友達が用意してくれたサンドイッチを食べ、ココアを飲み、カウンターでチェック・イン。そして搭乗。
Ryanairの飛行機よりもちょっと広い気がしました。
サービスは全くなかったのですが、おそらくポーランド人のCAがすごくかっこよかった・・・。
訛りの強い英語に心惹かれました(笑)。

そして、ワルシャワ到着。
マカオ人のパスポート・コントロールに時間がかかる。
「マカオってどこ?」みたいな感じで、なぜか持っている現金まで見せろと言われていました。

そして!ゲートをくぐると、もに子が待っていました!
感動の再会。そしてハグ。
髪型もほとんど変わってなくて、別れた時そのままのもに子でした。
空港の売店で3日間有効の共通チケット(バス・地下鉄・トラム)を購入。約1ポンド。安っ!
そして、ワルシャワの中心部を通過し、もに子のアパートへと行ったのでした。

続く。

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ワルシャワのトラム。
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by londondays | 2005-04-27 03:54 | ヨーロッパ旅行

治療されました。

今日は歯医者に行って、ついに詰め物をしてもらいました。
シルバーだと無料なので、シルバーを入れてもらうことに。

・・・すごく良いお医者さんでした。
麻酔の注射も全然痛く無かったし、丁寧な治療をしてくれました。
30分くらいで終了。
キュイィーンって音と、ネジみたいなものが歯に刺さっている時はさすがに怖かったですけどね・・・
お医者さんが銀をエイッエイッって詰め込んでいるのがわかりました。
ポップ・ソングがかかったラジオを聴きながら、治療終了。

しかも本当に完全無料。
これはむしろ日本の歯医者よりも良いのでは?と思ってしまいました。

というわけで、イギリスに留学している人は怖がらずにNHSを使って歯の治療をしましょう!
日系プライベート歯医者に行った友達は150ポンドふんだくられたらしいですから。
まぁ、歯医者にもよると思いますけどね。
私はとりあえず成功みたいです。
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by londondays | 2005-04-25 22:51 | ロンドンの日々

帰国。

無事ポーランド・ハンガリーの旅から帰国しました。

帰国した今は・・・なんだかすごくへこんでいます。楽しかったからかな?
フランスから帰ってきた時のような爽快感が感じられず、すごくだるい。
いろいろ気になることが待ち構えていますからね・・・。
これからひとつひとつ解決していかなくては。

さて、ポーランドですが、ワルシャワではもに子に無事会えてすごく嬉しかったです!
髪型含めあんまり変わってなくて、4ヶ月も会ってなかったのが嘘のようでした。
もに子のアパートがあまりにきれいででかくてびっくり。
もに子の友達とパブで飲んだくれ、いろいろポーランド語も学習。
発音が難しくてほとんど覚えられませんでしたが、いい人たちで楽しかったです。
ワルシャワの見所もいろいろ見て回りました。『戦場のピアニスト』でもわかるように、ほとんど「ぶっ壊された」ワルシャワの街。新しい建物がどんどん建築されていて、「成長している街」という感じがしました。それと同時に、古い町並みをほぼ完全に再現した旧市街地では、一つ一つの建物の古さを演出したポーランド人のこだわりにも感銘を受けました。

そしてワルシャワからクラコフへ。この街はアウシュビッツへの拠点としか考えていなかったのですが、すごく雰囲気のいい街でした。駅では英語が通じず、アウシュビッツまでのタクシー運転手の勧誘がうざかったですが。もと首都だったせいか、ワルシャワよりも人に都会的な雰囲気がありました。

アウシュビッツは、残念なことに時間がなく、行きたかった「ビルケナウ(アウシュビッツ第二収容所)」に行けず。第一収容所は規模が小さく、展示がメインでした。想像していた収容所はビルケナウの方だったので、あまりアウシュビッツにいるという感覚がありませんでしたが、やはりショックは大きかったです。

クラコフからブダペストへの夜行列車はやはり辛かった・・・。鍵を中から閉められたので少し安心できましたが、夜中に6回起こされたのは辛かったです。ポーランドを出るとき、スロバキアを通過するとき、ハンガリーに入る時にパスポート確認とチケット確認が別々にあり。マカオ人の友達のパスポートが認識できず、時間がかかったりしました。

そしてブダペストへ。ブダペストはすごくきれいでした!丘の上から見たドナウ川は、いつまでも見ていたい気分にさせられました。さすがに観光地だけあって人はみんな英語しゃべれました。私達が泊まったホステルは安かったわりにすごく良かったし、ブダペストの人はみんな親切でした。

物価はやはり安くて、毎日アイスクリームを食べてました。特にポーランドは安かったですね。
用意していったお金が大量に余ってしまいました。ポーランドのウォッカはかなり美味しくて、今までにないくらい大量に飲みました。が、意外と平気でした。
ブダペストは日本よりちょっと安いかな?という程度だった気がします。しかしオペラ(ヴェルディ・『リゴレット』)を約400円で見れたのには驚きました。

あぁ、しかしついに安くて素敵な街を離れ、ロンドンへ帰ってきてしまいました。
ロンドンは物価が高すぎます・・・。

そして明日は歯医者です・・・。
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by londondays | 2005-04-25 03:49 | ヨーロッパ旅行

ポーランドとハンガリー

明日(というか今日の夜)からポーランドへ旅立ちます。
行っている場合ではないんですが、手配してしまったので行くしかない(そればっかり)。

なぜポーランドかと言うと、短期で一緒に勉強していた「もに子」に会いに行くためです。
もに子は超ナイス・ポーランド人。
昨年末にもに子がロンドンを離れた時には、駅で大泣きした私です。(もに子帰国・・・参照)
彼女は今ワルシャワに住んでいるので、もに子に会いにワルシャワで滞在した後、ポーランドと言えばの「アウシュビッツ強制収容所」を目撃しにクラコフへ移動、ついでにクラコフから夜行列車でブダペストまで行ってしまおう、というのが今回の計画です。

東ヨーロッパでの旅は大変だと聞いたのでちょっと不安ですが、行方不明にならないように気をつけます。行方不明になったら・・・私は別の人生を歩みます。みなさん、さようなら。

・・・行方不明願望のある自分がちょっと怖い。

帰国はイギリス時間23日、日本時間24日です。アデュー☆
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by londondays | 2005-04-18 00:42 | ヨーロッパ旅行